わき道をゆく第166回 政治と検察(その16)
前回は、検察側の証人として立ったスンーズ社の元経理係・Y子の証言を紹介しました。一見もっともらしいY子の証言が、実はでたらめだったことが弁護側の反対尋問で明らかになっていくと予告したところで終わりました。今回ははその弁護側の反対尋問に移ろうと思います。
Y子に反対尋問をしたのは安田弁護団の藤沢抱一弁護士です。藤沢弁護士は検察が「ダミー会社」としたエービーシーとワイドトレジャー名義の口座について問いただしました。
「記録を見ると、エービーシーとワイドトレジャーの口座などたくさんあるんですが、あなたが自分で開設した口座はあるのですか?」
「私はないです。社員のMさんにお願いしました」
「手続きはMさんがやっていたということですが、あなたの判断でMさんに命じてつくったことはあるのですか?まずあるかないかで答えて」
「あります」
「それはどこの口座?」
「都民銀行本店です」
「都民銀行本店にはワイドトレジャー口座が何個あるんですか?」
「三個だったと思います」
「自分の判断で作ったのは何個?」
「二個です。でも自分の判断というより皆で……。あ、その経緯を話します」
それまでの藤沢弁護士の口ぶりから、Y子は自らの不正経理を追及されるのを察知したようです。先手を打って自分から弁明を始めようとしました。しかし、藤沢弁護士には、核心に踏み込む前に確認しておかねばならないことがありました。
「ちょっと待ってください」
藤沢弁護士はY子を制止して口座番号や開設時期を確認し始めました。Y子はじれったそうにこう言いました。
「いえ、その経緯をお話ししてよろしいでしょうか」
「この口座は社長の孫さんが了解して作ったものか否か。結論だけ言ってください」
「そのときは了解してたと思います」
「と思うというのは非常に曖昧だが」
「ですから、経緯を……」
「社長から作ってくれと言われたことではない、まずそれはそうですね」
「はい」
「了解してたと思うというのはどういう意味ですか」
Y子は一気にしゃべり始めました。
「社長が皆を集め『スンーズは駄目になるかもしれない。自分は海外に逃げるから、あなたたちは経営者になったつもりでおやんなさい』と言ったんです。その後、皆で話していて『社長はそんなことを言っても、お金が入るとすぐ持っていく』という会話になり、税金もかかる、給料も出せなくなると困るから、ちょっとした積み立てをしようかって、そういう話になったんです」
「ちょっとした積み立て」とは、社長に内緒で経理を操作し、浮かせた金を隠し口座に貯めることでした。その額は5年間で計2億1千万円。1997年1月、全額を引きおろして貸倉庫に隠し、翌年の退職時に古参社員4人組で退職金代わりに分配していました。
Y子がもらったのは4千万円、宅建主任のSは4900万円受け取りました。これは立派な業務上横領です。しかもY子やSは別に正規の退職金を社長から受け取っていて、自分たちの横領が発覚しないようスンーズの顧問税理士まで抱き込んでいました。
それだけではありません。2億1千万円とは別に債権者への支払い名目でピンハネした金が、Y子が認めた分だけで1700万円ありました。安田が獄中で見つけた、行徳支店から消えた200万円はその一部でした。その事実をY子が認めたくだりを再現してみましょう。
藤沢弁護士は第一勧銀のエービーシー口座の入出金記録を見せながらY子にこう聞きました。
「平成5年(1993年)4月30日に200万円が引きおろされてるんですよ。いいですか。引きおろされた場所は第一勧銀の行徳支店なんですよ。これはあなたが自らおろしたんでしょう?」
「そうだと思います」
「これはあなたのうちの近くの銀行ですよね。行徳支店は」
「はい。朝、会社にいくときにここからおろして他の口座に入れました」
「でもこれは(債権者の)日興キャピタルに弁済したという伝票上の処理になってるけど、実際は支払われていない。何に使ったんですか?」
「……」
「はっきり教えてくださいよ」
「……何に使ったか、私、自分ので使ったのかもしれません。……たぶん、これ平成5年ですから、(スンーズ関連会社の)目黒ホテルの口座(=退職金名目の現金隠匿に使われた口座)に積み立てたのかもしれません。たぶん私が使ったとおもいます」
Y子は一方で自分が使ったと言い、一方で隠匿口座に積み立てたと矛盾した答えをしています。藤沢弁護士はY子を追及していきます。
「そういうふうに歯切れが悪いのは何か理由があるんですか。そういう(『退職金』積み立ての)口座に持っていく金であれば、行徳支店でおろさなくても、会社の近くにいくらでもスンーズ関連口座のある銀行はあるでしょう。なんで行徳なの。あなたの家があるからでしょう?」
「そうです」
藤沢弁護士はさらに畳みかけます。
「私はあなたをどうこうのじゃなくて、裁判所にこの事実を知ってもらいたいから、はっきりあなたに言ってほしいんですよ。今まであなたが語ったようなことは、安田さんにちゃんと報告していたんですか。こうやって退職金を隠してますとか。あなたそういう説明をしたことがありますか、安田さんに」
「いいえ、安田さんとはお話ししたことはありません。この200万円はたぶん自分が使ってないと思います」
「自分で使ってないのであれば、もっとはっきり言えばいいじゃないですか。じゃ、ほかの形で使ったものがあるんですか」
「……」
Y子の矛盾した答えにさすがの裁判長もしびれを切らしたようでした。
裁判長「ちょっと確認するんですが、あなた、先ほど自分で使ったのかもしれないとおっしゃってたんだけれども、今、また自分で使ってないと思うとおっしゃってますよね。
Y子「はい」
裁判長「どっちが今のあなたの記憶に近いんですか」
Y子「私、自分自身が罪を背負います。それで、これはたぶんみんなの(退職金にかかる)税金分に間違いないです」
裁判長「自分で罪を背負いますというのは、真実ありのままを話すというのならいいんですが。そうじゃなくてあえて自分で罪を背負うというのでは困るんだよね。特にあなたの場合は証人として来ているわけですから」
Y子「はい」
裁判長「そうすると偽証罪の告知もしているんですが、一方では証言拒絶権という問題もあるわけですよ。自分自身が刑事処罰を受けるおそれのある証言については理由を述べて証言を拒む権利もある。それで、両方の言い方をしているもんだから、どちらがあなたの記憶に近いのかなと」
Y子「これは税金分として、目黒ホテルの口座に入れたものです」
藤沢弁護士がそこでY子に食い下がりました。
「あなたの記憶の中では、この200万に限らず、会社のお金を自分の目的に使用した記憶があるから、先ほどのようなお答えが出たんですか?」
「いいえ、違います」
「じゃ、なんでそういうお答えになったんですか」
「私が使いましたってですか?」
「いっさい潔癖であれば、そんな話にはならないでしょう」
「いいえ。皆さんが退職金の上乗せ分をもらったとなると、これ、大変なことになるから、ちょっと私もはっきりと言いませんでした」
「その上乗せ分というのはいくらあるんですか」
「全部で1600万ぐらいだったと思います。目黒ホテルのロッカーに、金庫に入れておきました」
「あなたとS、M、Hでそれぞれいくらですか」
「うち1200万円は(中途退職した中国人の)陳さんに(退職金代わりに)あげましたから、残り500万円を4等分したと思います」
この1600~1700万円と「退職金積み立て」の2億1千万円のほか、水道光熱費などの名目で出勤された金を合わせると、Y子の経理操作で消えた金は5年間で5億円近くになります。
この間、スンーズの総収入は10数億円しかありません。社長が会社再建に奔走しているとき、Y子は会社を食い潰していたのです。債権者への返済が滞ったのも当然でした。
では警視庁と東京地検はこの事実を知らなかったのでしょうか。Y子は法廷でこう証言しました。
「私もいいことをやったとは決して思ってません。でも就業規則に会社が駄目になったら(退職金が年間給与の)4・5倍と明記してあったので皆で4・5はいただこうということでした。今回こういう事件になって、私は社長が逮捕された翌日に警視庁に行きまして、これは社長がわからないことだったからずっと心に負担を感じてきましたと、全部そのことを話しました」
弁護側はY子にそのときの警視庁の対応を尋ねました。
「警察は何か言いませんでしたか?」
「何も言ってないです」
「それは悪いことだねというような話じゃなかったんですか」
「それはいいことではないって言いました」
「犯罪になるとは言わなかった?」
「ええ、時と場合によっては……」
おそらく捜査二課の捜査官や東京地検の検事はY子の告白を聞いて慌てふためいたでしょう。彼らはそのとき事件の「筋読み」を間違えていたことに気づいたはずです。事件の核心ともいうべき2億1千万円をY子らが着服したのなら、安田の指示でスンーズの孫社長らが「資産隠し」をしたという事件の構図は崩れていきます。(続)