わき道をゆく第167回 政治と検察(その17)

▼バックナンバー 一覧 2021 年 8 月 19 日 魚住 昭

 前回は、スンーズ社の経理係だったY子らの着服が法廷で明らかになったところで終わりました。なぜ、捜査当局はそれを知りながら知らんぷりをしていたのでしょうか。
 その理由を知るには捜査の過程を振り返る必要があります。実は、住管・警視庁・東京地検の三者がスンーズの「賃料隠し」をどうやって発見し、どうやって事件の構図を組み立てていったのかを教えてくれる書類があります。事件摘発の一年前、1997年12月25日付で預金保険機構が作成したスンーズについての「調査報告書」です。
 これも拙著『特捜検察の闇』(文春文庫)に書いたことですが、警察・検察捜査の実態を知る上で重要なことですので、再録させていただきます。
 預金保険機構の調査報告書によると、1997年2月、住管特別対策室に「スンーズの孫社長が国内資産を処分し、シンガポールに逃亡する」という情報が寄せられたのが調査開始のきっかけでした。
 スンーズはそれより2年前、海外の物件を保有する海外子会社4社を、孫の妻子が株主となっているシンガポールの法人へ譲渡するなど資産隠匿の疑いがあった。そのうえ「回収に対し資料提供等非協力的であり、回収に困難を期(原文のママ)している」こともあって住管から調査依頼があったといいいます。
 預金保険機構がスンーズの取引銀行6行を調査したところ、エービーシーとワイドトレジャー名義の口座がいくつもあることがわかったそうです。口座間の資金の移動を追跡していくと、各テナントから払い込まれた賃料などが複雑な経路を経て最終的に第一勧業信組目黒支店のワイドトレジャー名義の口座に集められ、1997年1月8日に2億1037万円全額が引き出されていることが判明したといいます。
 一方、預金保険機構がスンーズの債権者であるノンバンクに問い合わせたところ、1997年10月にこのノンバンクが「東京地裁で競売開始決定・賃料差押命令を得て、賃料差押を行おうとしたが、賃貸人が第3者に変更されており、差押は出来なかった」ことがわかったそうです。
 調査報告書には次のような結論が書かれていました。
「以上の調査結果から、債権者からの賃料債権の差押等の強制執行を免れることを目的とし、ワイトレ・エービシーを設立乃至商号変更したうえ、新規口座を開設し、スンーズが所有する物件の各賃借人に対し、賃料をこれらの口座に振込むよう指示し、スンーズに帰属すべき賃料を隠匿した、強制執行妨害容疑事実が判明した。(今後の措置として)住管機構特対室と連携を保ちながら、補充調査等を実施し、捜査当局(警視庁刑事部捜査二課)への告発に努めたい」
 もうおわかりと思いますが、預金保険機構は第一勧業信組目黒支店のワイドトレジャー口座に集められた2億1000万が全額引き出されていることと、債権者のノンバンクが賃料を差し押さえようとして出来なかった事実を結びつけ、スンーズ社の「賃料隠し」と断定したのです。住管の告発も、警視庁・東京地検の捜査も預金保険機構の結論に安易に乗っかったにすぎません。
 ところが、これまで見てきたように、ワイドトレジャー口座に集められた金はY子らの懐に入っていたのです。
 本来なら、警視庁と東京地検はY子らの「横領」を知ったとき、孫らを釈放すべきでした。それができないというのなら、最低限、Y子らの業務上横領も別に立件すべきでした。業務上横領(最高刑が懲役10年)は強制執行妨害(最高刑が懲役2年)よりはるかに重罪です。
 ところが彼らは「横領」を見逃しました。横領を追及していけば安田ー孫の「賃料隠し」を否定する結果になりかねないからでした。一連の事実の流れの中で相反する性格の犯罪を同時に立件するのはほぼ不可能です。それよりY子を自分たちに都合のいい証人に仕立て上げ、安田弁護士を有罪に追い込んだほうがいい。そう判断したのです。
 彼らは法廷でY子の「横領」がバレると「スンーズの就業規則によるとY子の退職金が四千万円になることに根拠があることは明らか(つまりY子は正当な退職金を受け取っただけだという意味)」などと、およそ検察官とは思えない詭弁を弄してY子擁護の論陣を張りました。こうなると捜査の目的は真実や正義の追求ではありません。安田を葬り去ることです。

 Y子らの「横領」の発覚は裁判の流れに決定的な変化をもたらしました。
 Y子の法廷での「告白」から3カ月後の9月22日、安田の保釈問題で東京高裁あてに出された東京地裁・木村烈裁判長らの「意見書」には次のように記されていました。

「Y子の証人尋問において、同女と数名のスンーズ関係者が、社長であるスン・チョリ(孫忠利)に無断で、退職金の積み立てと称して二億一千万円余りの金を隠匿し、これらを同女らで分配していたのみならず、右Y子は水道・光熱費等種々の名目で、多額の現金を出金して帳簿上から消していたという内容の証言がなされているところ、このうち、退職金名目の二億一千万余の領得については、捜査機関側で把握しておりながら、右Y子ら数名の刑事事件として立件処理していないばかりか、捜査を遂行している形跡もない。被告人の不正義を立証すべき検察官側の重要証人が、右のように重大な不正義を犯しながら放置されていることに照らすと、被告人の身柄を拘束したまま審理を継続することには強い疑問の念を禁じ得ない」

 法廷でY子の証言が進むにつれ、警視庁・東京地検のずさんな捜査の実態が次々と明るみにでていきます。捜査側は安田弁護士に不利な証拠を徹底的に無視し、不利な証拠だけをつまみ食いしました。捜査官として最も恥ずべきことです。
 その実例を紹介しましょう。検察側が起訴状で「実体のないダミー会社」と断定したエービーシーに関することです。
 経理係だったY子は最初、検察側の尋問に「エービーシーは平成5年(1993年)2月、いったんスンーズ本社から独立して別のビルに事務所を構えたが、半年ぐらいで本社に戻ってきた」と証言しました。しかし、これでは「賃料振り替え」が始まった1993年3月当時、エービーシーは事業活動を展開していてダミー会社ではなかったことになります。そこで検察側は法廷でY子にこう聞きました。
「そんなに別ビルにいたんですか?」
 事前の打ち合わせと違うことを言っているぞというサインです。
「……」
 どうやらY子は検事の言葉の意味がわからなかったようです。黙り込んでしまいました。
 仕方なく検察側はこう聞きました。
「記憶喚起のためにお尋ねしますが、エービーシーの口座を作ったとき(1993年2月末)にはもうA社は本社に引き揚げて、戻って来ていたんじゃないですか」
 あからさまな誘導尋問です。さすがのY子も自分のミスに気づいたようでした。
「ああ、そうです。(エービーシーが別のビルにいたのは)1カ月ですか」
 しかしながら、弁護側の反対尋問でY子の証言は完全に覆されてしまいます。弁護側の最大の武器は皮肉なことに検察側が法廷に提出した会計記録でした。

 2月ーエービーシーのスタンプ印作成費・電話加入権料3件で計21万円の支出。手提げ金庫購入代金に3万1千円。
 5月ーファックス設置料。3万円。
 6月ー看板取りつけ料12万5000円。
 8月ー会社パンフレット制作費15万円。
 10月……。

 エービーシーは少なくとも1年以上、別ビルで事業活動をしていたことが明らかになり、つづくスンーズ常務Iの証言ではそれがさらに詳しく裏付けられた。
 では、検察側はエービーシーに実体があったのを知らずに起訴状を書いたのでしょうか。いくら杜撰でもそれは考えにくい。常務のIに聞けばすぐわかることだからです。むしろ検察側にはどうしてもエービーシーをダミー会社にしなければならぬ事情があったと考えるほうが自然でしょう。
 賃料隠しが違法行為として文句なく成立するためには、エービーシーは「実体のないダミー会社」でなくてはなりません。スンーズがエービーシーと結んだビルの一括賃貸契約がダミー会社を使った「仮装契約」であって初めて、エービーシーへの賃料払込先変更が「財産の隠匿」といえるわけです。ところがエービーシーに実体があったとなると、一括賃貸は正当な経済行為だったという安田弁護士の主張が裏付けられてしまうわけです。
 安田弁護士は初公判でこう主張しました。
「エービーシーは常務のIさんが中心となって中国貿易等の新規事業を行おうとしていた会社だった。ワイドトレジャーも社長の長男が独立して事業を行おうとしていた会社だったはずで検察側のいうようなダミー会社ではない。もともと私はスンーズの経営はいずれ破綻せざるをえないと考え、それに備えるためスンーズの賃貸部門を分離独立させて分社し、そこに従業員を移してスンーズグループを生き残らせることを提言した」
 安田弁護士が提案したサブリース会社案は実現しませんでした。エービーシー、ワイドトレジャー両社の設立や口座開設はY子の経理操作に利用されただけに終わりました。
 捜査当局はその事実に気づきながら安田・孫らの「犯罪」を無理矢理作り上げていったのです。(続)