わき道をゆく第170回 政治と検察(その20)

▼バックナンバー 一覧 2021 年 10 月 2 日 魚住 昭

 安田好弘弁護士が強制執行妨害罪に問われた裁判のリポートをつづけます。これまでにもお断りしたように、このリポートは、20年前の私の旧著『特捜検察の闇』(文春文庫)の一部と重複しますが、現在の検察のあり方を考えるうえでいくらか参考にもなると思いますので重複をご容赦ください。

 スンーズ社常務のIはなぜ捜査段階での検事の調べや、法廷での検察側尋問に安田弁護士の有罪を認めるような証言をしたのでしょうか。弁護団の渡辺脩はIにこう尋ねました。「この法廷であなたは弁護人の質問に対してこう答えています。質問はこういうことです。平成4年(1992年)4月ごろからのことなんですが、賃貸人の地位の譲渡やサブリース(一括賃貸)が債権者を害すると認識していたのか。そういう質問にあなたは『もうそういうこと、犯罪になるなんてことは全然夢にも考えない』とはっきり言い切っているのですね」
 I「はい」
 渡辺「これが言ったように平成4年4月当時の認識。それが平成10年10月に逮捕された当初の段階でも犯行を認めていない。否認している、あるいは黙秘しているという状態が続いているわけでしょう?」
 I「ええ」
 渡辺「そうすると、あなたは本件の賃料差押え回避の行動があって、それが犯罪で悪いことなんだという具合に思うようになったのはいつからなんですか」
 I「これは犯罪行為になるよということを検事さんに言われて、ああ、そうですかと、そういうことですねと」
 渡辺「それはいつごろ言われた話ですか。誰に言われたのですか」
 I「U検事さんです。私の供述調書の冒頭に必ず書かれたのは、私は何年何月逮捕されてどうしてこうしてこういう犯罪を起こしたものですと、反省してますということを必ず決まり文句のように書くということがあったような気がします。で、これは犯罪なのかどうなのかというのは私はわからないけれど、検事さんがおっしゃるのだからまあ間違いないんだろうと。そのときはそう思ってますね」
 渡辺「あなたとしては検事の言うとおりに、ああそんなもんですかというようなことになっただけなんですか」
 I「いわゆる犯罪の意識というのは、U検事さんが言うのだから、そうかなと思いましたけれど、ただ、自分としては十分は納得してませんよね」

 おそらくIの言葉は事実でしょう。もともとこの事件には何が犯罪で何が犯罪でないのか、法律の素人にはわかりにくい部分がありました。たとえば安田弁護士の言う分社化構想でもテナントからスンーズに入る賃料が従来の6割程度に減るわけですから、それだけで「賃料隠し」ではないかと考える方もいらっしゃるでしょう。
 しかし、それはあくまでも「賃料差押え」という事態が起きた場合に起こる現象であって、そうでなければ、新会社に賃料の四割を落としたからといってスンーズから債権者への月々の返済額がただちに減るわけではありません。なぜなら、返済額はあくまでもスンーズと債権者との話し合いによって決められるものだからです。
 もともと1993年当時の金融機関はおしなべて自社の不良債権が表面化するのを恐れていた状況でした。担保物権に強制執行をかければ、たとえば百億円の債権のうち何割かは回収できたかもしれません。でも、そうしてしまうと、金融機関は差し引き数十億円の損失を確定させなければなりません。
 つまり債権者はスンーズの倒産や担保物権の差押えをできる限り避けたかったのです。スンーズはそうした債権者側の事情を利用しながら会社再建の道を探っていました。安田弁護士の分社化構想はその一環だったのです。
 どうやら主任検事は過大な債務を抱えた会社が、生き残りの道を模索すること自体がけしからんと思い込んでいたふしがあります。おそらく主任検事のそうした考え方は当時のマスコミが盛んに喧伝した「住専の大口借り手=悪玉」論にかなり影響を受けていたのでしょう。
 しかし、資本主義の活力は厳しい経済情勢下でも何とか生き延びようとする経営者や従業員たちの努力から生まれてきます。それを恣意的な捜査で断罪しようとする検察の姿勢は厳しく批判されなければなりません。

 Iの尋問が終わると、もう一人の検察側重要証人であるスンーズ宅建主任のSが法廷に登場しました。Sは検察側の尋問に安田弁護士が「賃料隠し」を指示したことを認める供述をしました。
 しかし、Sの証言もやがてその信用性を疑われるようになります。それというのも尋問の最中に、これまで知られていなかったSの新たな検事調書が弁護側に開示されたからです。
 調書の日付は平成10年(1998年)11月3日。Sが孫社長らとともにワイドトレジャー絡みの一億円余りの「賃料隠し」容疑で逮捕されたのが10月19日ですから、それから15日後の日付です。
 Sはこの後、11月6日に孫らとともにエービーシー絡みの一億円余りの「賃料隠し」で再逮捕され、後にI同様、起訴猶予処分となっています。
 検察側がSの尋問の最中にこの調書を開示したのは、弁護側の開示要求を裁判所が認め、検察側に開示するよう強く勧告したためです。もしそれがなければこの調書は検察庁の倉庫に永久に埋もれたままになっていたでしょう。 
 調書を読めば、検察側が開示をしぶった理由は一目瞭然でした。安田の無罪を裏付ける供述が記録されていたのです。
 調書は、
「右の者に対する強制執行妨害被疑事件につき平成十年十一月三日、東京地方検察庁において、本職は、あらかじめ被疑者に対して自己の意思に反して供述する必要がない旨を告げて取り調べたところ、任意次のとおり供述した」
 と、型通りの記述から始まっています。Sはまずスンーズの経営が事実上破綻し、孫らが安田弁護士に相談した経緯についてふれています。そして14ページの終わりごろから問題の「謀議」があったとされる1993年2月の状況に移っていきます。

「平成五年(1993年)一月ころからは、安田先生のアドバイスもだんだんと具体的になってきて、何度となく、『このままではスンーズは多額の負債を抱えて債権者に所有物件を差し押さえられて、早晩潰れてしまうのは目に見えているので、スンーズが生き残るためには別途管理会社を作ってそこで賃貸物件の管理をするようにしなさい。スンーズが管理会社と物件の賃貸借契約を結び、テナントからの賃料を管理会社の口座に入金するようにして、例えば全賃料の三~四割くらいを管理費として管理会社に留保すれば、たとえばスンーズが潰れてしまっても、スンーズの債権者の差押えは管理会社にまでは及ばないので、管理会社の方は残る。それに、今すぐという必要はないけれど、将来的にはスンーズの社員を管理会社の方に移すようにした方が良い』というようなアドバイスをするようになりました」

 読んでおわかりのように、ここには「スンーズの債権者の差押えは管理会社にまでは及ばないので」という部分を除けば初公判で安田弁護士が述べたこととそっくり同じことが書かれています。検事調書で安田弁護士の分社化構想が裏付けられたのは初めてのことです。それだけでも大変な意味を持つのですが、さらに調書を読み進めると驚くべき供述が出てきます。

「管理会社を作るという話はしばらくの間はうやむやに推移したというのが私の記憶なのですが、その間も『経営会議』の席上では、安田先生から『管理会社を作って、テナントからの賃料をそこに振り込むようにしなさい』というアドバイスが繰り返しなされたと記憶しています。
 そして私は、繰り返しなされる安田先生のこのアドバイスを聞きながら『あまり現実的な話ではないし、どれだけの効果があるのかも疑問だな』という思いが拭えなかったのですが、そのうちに安田先生自身も本気で実体のある管理会社を作れという趣旨で言っているのではなく『管理会社を噛ませるという外形を整えろ』という趣旨で言っているのだなと気づいたのです。
 と言いますのも、先ほど申し上げましたとおり、当時のスンーズの実情からいえば本当に実体のある管理会社を作るなどというのはあまり現実味のない夢物語のような話でしかなく、社員を移すといってもどうやって移すのかと、設立した管理会社で一体何をするのかとか、設立のための資金を一体どうするのかとか、会計処理や税務対策をどうするのかとか、賃貸物件の担保権者の同意を一体どうやって得るのかとか、詰めなければならない問題が山ほどあるのに、そういった点に触れることなくただ単に『管理会社を噛ませなさい』ということだけを繰り返すということは、安田先生自身『そういった細かい点はどうでも良いんだ』というつもりでいっているとしか思えなかったからです。
 また安田先生は『将来的にはスンーズの社員を移した方が良い』ということを、これははっきり口に出していっていましたので、裏を返せば、これは『スンーズの社員を移すのは将来のことで良いので、とにかく先に会社を作ってしまいなさい』という意味に他なりませんから、安田先生が本気で実体のある管理会社を作って、そこに賃貸管理業務を委託するということをアドバイスしているとは到底思えず、要は『ダミー会社を作りなさい』ということを『ダミー会社』という言葉を用いないで言っているのだなというように思えてきたのです。
 そして何故このようなダミー会社を作ってそこに賃料を振り込ませるようにするかといえば、それはそのダミー会社にはスンーズの債権者の差押えが及ばないからということであり、つまりスンーズの債権者の差押えを免れるため以外の何物でもないからだということが分かったのです」

 Sの供述を要約すれば、安田弁護士は口では(実体のある)管理会社を作れと繰り返し言っていたが、Sはそれは現実味のない話だからダミー会社を使った賃料隠しをやれという意味に受け取ったということです。すで触れた常務Iの法廷証言と同様、安田弁護士の実際の言葉とスンーズ社員の受け取り方が違っていたという構図になっていることにも注目してください。
 Sはこの後、「悪いことだと知りながら、賃料隠しをした」と述べていますから、この調書は表面的に見れば、Sが安田弁護士の指示で行った犯行を自白した調書です。しかし、素人でもわかるようにこの供述内容では安田弁護士は合法的な会社生き残り策をアドバイスしているにすぎないので、起訴するのは不可能です。私がU検事の上司なら、この調書を見て安田弁護士の刑事訴追を諦めたことでしょう。
 では、なぜU検事はこの調書をあえてとったのでしょうか。考えられる理由は二つあります。一つはこの時点ではUは安田弁護士の刑事訴追ができるかどうか半信半疑の状態だったということです。もし安田弁護士を起訴できなかったとしても、この調書を見れば裁判官は安田弁護士が「黒幕」と判断してくれるのではないかという読みがあったのかもしれません。
 もう一つはU検事の法律解釈や捜査能力が未熟で、これでも安田弁護士を訴追する有力な材料になると判断したということです。いくら何でもそんなバカな、と私も言いたいところですが、これまで見てきたようにU検事は常識では考えられない捜査ミスをいくつも犯しています。(続)