メディアと知識人第一回

▼バックナンバー 一覧 2009 年 5 月 14 日 和田 春樹

 戦後の冷戦期、日本は日米安保体制のもとに、アメリカの同盟国として、生きておりました。米ソが全世界で熾烈に争っているという冷戦期、しかも東アジア、東北アジアでは1945年以後も30年間、「熱戦」が続いていたのです。1975年にベトナム戦争が終わるまでは、ここにあったのは「冷戦」ではなく、本物の戦争でした。そういう状況の中で日本は終始アメリカの庇護を受けて、平和でした。基本的には戦争に参加せず、非軍事的な経済発展をつづけた。これが戦後の日本の特徴です。
 日本は憲法9条をもっていて、その9条が存続するもとに1954年から自衛隊を置いておりました。憲法9条の縛りがかかっている自衛隊ですので、専守防衛の自衛隊であり、海外で行動しない自衛隊です。日本は二重三重に安全装置のかかった軍事力として自衛隊を保持していたわけです。政権はどうなっているかというと、ご承知のとおり政権は55年体制で、自由民主党がほとんど永久的、恒常的に執権しておりました。社会党は万年野党です。万年野党だから非常に落ちぶれているというような存在ではなく、その当時の社会党は相当に堂々としておりました。議会の中では議席の3分の1をなす憲法改正の発議をはばむことができる勢力をもっていました。ということは、国民の中でも3分の1くらいの支持を得ている状態でした。社会党は日米安保体制に反対ですし、自衛隊に反対ですから、政権を取ることはできません。社会党は冷戦下においては日本の政権を担当することはできない。だから永久に野党のままである。野党として自由民主党の政策にブレーキをかけている。それが効果があって、日本は基本的に非軍事的な経済発展をとげるということになったわけです。
 政権を握り続けた自由民主党政府は歴史認識というものをもっておりません。戦前の歴史について、統一した見解をこの政府はもてなかったわけです。なぜかというと、吉田茂の保守本流は「軍国主義は良くなかった」という考え方をもっていましたが、岸信介の傍流は「戦前の歴史に問題はない」という考え方なのです。当然ながら、戦前についてはいいともわるいとも評価しないという暗黙の合意のもとに自由民主党があり、自民党政府は成り立っているのです。だから過去の戦争についての評価はまったくしていない。憲法については、吉田茂の主流派は護憲の社会党と同盟していて、改憲派の岸派と対立していた。保守本流は、憲法を変えない、明文改憲をしないということで野党社会党と同盟をしていた。しかしそれだけはやっていけないので、保守本流は解釈改憲で自衛隊を認めた。当初の解釈では、憲法9条は一切の軍事力、自衛のための軍事力も認めていなかった。しかし、1954年に「憲法は自衛権を否定していない。自衛のための軍事力はもてる」と憲法解釈を変えたわけです。これが解釈改憲です。
 そして自由民主党の政権は万年野党の社会党の政策を受け入れて、社会民主主義的な政策を実行してきた。経済成長を図ると同時に社会民主主義的な政策を入れて、格差が拡大しないようにする。中央と地方の差が出ないように努力するというようにしたのです。そういう体制の中で、知的な世界では、メディアも大学も出版界も基本的に言うと政府批判の野党的、左翼的な機運が強い。野党と言っても、政権をとる可能性がない永久野党的です。大学では経済学と言えば、マルクス経済学を教えています。それが主流です。メディアには左翼的な記者が多い。出版界にも左翼的な出版社が多い。知的な世界では右翼的な意見、戦前を賛美するような議論は抑えられている。そういう考えをもっている人はいるわけですが、そういう意見が表出されることはむしろ抑えられている状態になっていた。政権は自由民主党の政権ですけれども、知的な世界においては、どちらかと言うと野党的な政府批判の意見が主流である。そういうあり方が社会全体を健全な雰囲気にしている。もしそうでなければ、一党独占政治が1955年から1993年まで38年もつづいたのですから、社会は全体主義的な雰囲気になってしまいます。そうはならなかったのです。

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