誰が日本国家を支配するか ──石川知裕代議士とマックス・ウェーバー『職業としての政治』を読む。 第2回
「政治を科学する」鳩山首相
ちなみに鳩山さんはこういう暴力論とはまた違う、自然科学系のおもしろい人なんですよ。おそらくいまの世界の指導者の中で客観的にみた学歴において、さらに学識において鳩山さんを越える人はいないと思います。それから私があちこちで書いているので、理解が広がりはじめましたが、鳩山さんは決断の専門家です。彼は意思決定(決断)理論の研究で博士号を取っていますし、二十歳の頃から意思決定理論を徹底的に勉強しているんです。その基礎になっているのがマルコフ連鎖という考え方なんです。
これは19世紀の初めから20世紀の初頭にロシアで非常に影響を持った現代確率論の開祖のひとりであるアンドレイ・マルコフの理論です。プーシキンのエフゲニー・オネーギンという詩を見ていて、子音と母音の流れ方は、その直近の言葉の配列にしか影響されないというところから関心を持って分析し、新しい確率理論を作りました。
鳩山さんの研究の中で面白いのは、最高の秘書を雇うにはどうしたらいいか、あるいは、最高のパートナーをみつけるにはどうすればいいか。こういう研究が専門なんです。簡単なモデルでいうと、議員会館に千人の秘書を面接で受け付けるとする。何番目で決めたらいいか。一番目は絶対に断らなければならないんです。二番目以降にもっといい人が来るかもしれないから。断ったらその人を呼び戻せないというモデルを考えるんですね。そのとき何番目くらいで決めたらいいと思います? これは理論的に証明されているんです。
368番目を基準にして、368番目までは全員断るんです。386番目と比較して、少しでもいい人を選んだ場合、もっともよい秘書が見つかる可能性が高いということがマルコフ連鎖によって証明されている。
ですから、鳩山さんは5月に普天間飛行場の移設先を決断すると決めたわけですね。4月の終わり頃に何があるかということを見て、それとくらべて一番いいシナリオを選択するということと私は見ているんです。
このマルコフ連鎖を使って戦争に勝った国があります。イギリスであります。マルコフ連鎖を発展させて、鳩山さんの英語で書いた論文の中にそれが多いんですが、マルコフ保全理論はどの程度批判に耐えられるかなんていう、東京工業大学にいるときに英語の難しい論文を書いています。言っていることは何かというと、ある会社で、人員、機械などを総取り替えしたい。しかし、予算の制約もあるし、いろいろなしがらみもあるから、全部を変えることはできない。するといろんな部分に分けて、仕分けして、この部分は潰そう、この部分にはもう少し、お金と人材を投入しようというかたちで、壊れた木という絵を描くんです。その中を適宜並べ替えることによって、最強の情勢を今持っているカードで作るという、その研究の専門家です。
イギリスはナチスドイツとくらべると、軍事力も弱く、工業力も弱い。その状況の下で、数学者を集めて半分に分けるんですね。半分の人たちは暗号解読チームに。残りの半分の人たちはマルコフ連鎖理論を使ったかたちでの、弱いイギリスがなんとか勝つ方法を考える。たとえば、イギリスにはアルミニウムがない。鉄の量も限られている。そこで木で飛行機を作るんです。モスキートという有名な爆撃機をつくります。この飛行機を作った後で、非常な利点があることがわかりました。木製なのでドイツ軍のレーダーに映りにくいんです。ですから夜間攻撃をすると、ほとんどドイツのレーダーに引っ掛からず、被害を受けずに帰ってくることができたんです。それ以外にも、戦闘機で空中戦をするとパイロットの消耗率が高いですよね。そこでどうしたか。ポーランドとかチェコとか、なくなってしまった国がありますよね。そんな国からの亡命者を受け入れる。家族を引き受ける代わりに最前線でナチスドイツと戦うのは君たちだというかたちで、イギリス人の消耗を抑え、ポーランド人、チェコ人を戦いの先兵に立たせました。
変化を計算に入れて決断。
ですから鳩山さんは普天間問題についても意思決定理論を踏まえた戦略をもっていると私は見ています。鳩山さん自身は2005年に同志社大学で行った講演で、私はどうして政治家になったか、それは父親の影響がある。私の弟は子どもの頃から政治家になりたいと言っていた。ちなみに、弟とは仲が良いんですと。私は政治家になるつもりはないと思って、理科系に進んだ。アメリカで数学の研究をして日本に帰ってきたときに、お父さんの鳩山威一郎さんからこんな無礼なことを言われたそうです。お前数学なんかやってるけど、何か役に立つのか? そしたら鳩山さんはむきになって、数学がなければ新幹線も動かない。そうなのかなあとお父さんは言われた。
お父さんは東大を銀時計組、すなわちトップで卒業した大蔵官僚でした。お父さんは鳩山由紀夫氏に何を言ったか。青函トンネルを造ったときに、その予算付けをした私が大蔵の課長だったという話をしました。青函トンネルは単線で造ればよかった。複線にして地下で交差させる必要はなかった。そのために5年から10年完成時期が遅れた。合理的に考えれば、単線で造っていれば、もっと北海道経済を豊かにすることができたし、お金も使わずにすんだ。
そのあと、鳩山由起夫さんの解釈ですね。日本の政治はまったく科学的ではない。少なくとも数学的ではない。非合理なことをやるから、腹芸であるとか、根回しとかが中心になって国家を弱くしている。それを正すために政治を志すことにした。鳩山総理は自民党に入って、そこにはコンピュータがあっていろいろなデータが蓄積されているのかと思ったら、そんなものは全くなかった。そこで新しい政治を作らなければならないと思った。その政治の作り方について、私の理論はこうだと、講演の中で言っています。
まず目的関数を定めます。目的関数の中で制約要因に何があるか、それについて考えます。制約要因というのはひとつひとつの項なんです。その項は関数体ですから、大きくなったり小さくなったりします。すなわち微分法です。ですから、自民党政治の特徴は、足して二で割るということです。四則演算です。これに対して鳩山さんは、dx/dyであるとか、∂x/∂yであるとか、微分とか偏微分を使って変化を入れるわけです。
普天間問題においても鳩山さんのマルコフ連鎖理論が使われていると見ているんですね。なぜかというと、常識的に考えると、アメリカは圧倒的に強い、日本は弱い。その状況の下で、足して2で割ったらいいんだと。鳩山さんとしては沖縄県外(移設)ということを言ってしまった。そして沖縄の人々の期待値も高まっている。他方日米合意もある。日米合意というのは普天間の返還ということだ。足して2で割ると、辺野古の沖合くらいで大丈夫じゃないか。これが自民党的な発想ですよ。
ところが鳩山さんは違うんです。鳩山さんは目的関数をつけているんです。目的関数は何かというと、日米同盟の極大化です。それに対する制約条件は何か。たとえば、自民党とアメリカが結んだ内容は2006年の世界地図に基づいているんです。すなわちネオコンが勢力を持っていて、台湾海峡で有事が起こる可能性が相当程度ある。また北朝鮮で有事が発生する可能性がある。この発想に基づいているんですね。この前提というものを、今月(五月号)の『文藝春秋』や『中央公論』の有識者の論考においても、(『文藝春秋』に掲載された)岡本行夫さんの論考を除いて、すべて2006年の世界地図を前提に四則演算でものを考えているんです。変化が入っていないんです。ネオコンは退潮した。台湾に馬英九政権が誕生した。米朝国交正常化交渉が恐らく水面下で相当動いている。この状況がある。この変化を有識者が理解していない。
沖縄県民の感情と日米安保。
それから皆さん、普天間にいる海兵隊って、調べたらわかりますが、沖縄にいるのは2カ月くらいですよ。それ以外どこにいると思いますか。モンゴルかオーストラリアなんです。なぜか。テロとの戦いに備えているからです。砂漠がないと演習ができないんですよ。こういう与件の変化ですね。
それから沖縄の住民世論がどうなるかということですよね。沖縄においてはシンボルをめぐる闘争になっています。理性は通用しません。みなさんの喜納昌吉(沖縄県出身、民主党、参議院議員、比例代表)先生がおられますね。喜納先生の言っておられることわかりますかと、北沢防衛大臣に尋ねたことがあります。全く何を言っているかわからない。太田昌秀さんにも聞いたんですね、喜納先生の言っていることがわかりますかと。全く何を言っているかわからない。ただ、その後太田さんと私の間では、ふたりとも沖縄の関係者ですからね。沖縄にはユタという口寄せみたいな人がいるんです。喜納さんは男のユタですからね。と私が言ったら、太田さんは確かにそうだ。なんとなく沖縄の人たちが考えている感覚というものを口寄せみたいなかたちで、情動言語で話すんです。喜納さんの言っていることは本質から外れないんです。ところがそれを解釈できる人がいないと何を言っているかまったく分からない状態になってしまうんですね。
私は日米安保を絶対に堅持すべきだと考えます。私は力の論理の信奉者であります。それであるが故に、いま、県内という決定をしたら絶対にダメだと主張しているです。ここで沖縄県内移設を強行すると嘉手納基地や那覇港も含めて、米軍の基地がすべて、住民の敵意に囲まれた基地になってしまう。沖縄の人たちは基地とどうやって共存すればいいかわかっているんです。沖縄の人たちに下駄を預けてどういうふうにするか、クールダウンしたほうがいい。おそらくこの変数も鳩山さんの中に入っている。
それからもうひとつ、変数に入っているのは、石川さんも巻き込まれた、小沢さんがどうなるのかという検察の動き、これも制約条件です。こういうものがどう変化するか、鳩山さんは頭の中で計算しているんですね。
それからあともうひとつ、日本の新聞記者たちが非常に弱くなっている。なぜかというと、その目線が官僚と一緒だからです。官僚と同質的な人が新聞記者になっているからです。だから、普天間問題で日米関係が本当に崩れると思っているんです。鳩山さんは崩れないと思っています。どうしてかというと、アメリカに行って、アメリカで博士号取って、アメリカ人とディベートした経験から鳩山さんはアメリカ人の内在的論理を知っているからです。小沢さんも崩れないと思っています。それはアメリカとの付き合いが長いからです。それから小沢さんがデモクラシー、民主主義の意味をよくわかっているからです。
鳩山・オバマ会談10分間の意味
今回、4月13日の鳩山さんとオバマ大統領との会談で、10分しか会えずになんの成果も得られなかったと朝日新聞から産経新聞までみんな揶揄する記事を書いていますね。しかし、もう一回、外交の世界のことをよく考えてほしいんです。あれは単なるディナーじゃないですね。ワーキングディナーです。ワーキングディナーというのは外交の世界では仕事です。食べない人もたくさんいるんですよ。すでに別のところで食べてきて。そこでいろいろな交渉をします。公式の記録係も通訳もつきます。正式の交渉です。そのマルチ(多国間)交渉の場で、アメリカの大統領が、10分間、日本とのことだけをやりますから、皆さん入ってこないでくださいと意思表示したということは、アメリカの外交で恐らく初めてのことだと思います。それだけ日本との関係を重視しているわけですよ。
あともうひとつ。10分あればお互いの中で相当なやりとりができます。通訳を入れても5分残っています。ひとりの持ち時間は2分半です。政治の世界では2分半あれば、何が最重要事項かを伝えることができます。
日本の報道で過小評価されているのは、鳩山さんの切ったカードです。いまアメリカの政権にとって死活的に重要なのはイランです。イランに対して追加的な制裁を加えるということです。イランは核兵器の開発を本気でやっています。大量破壊兵器開発についてイランは北朝鮮と提携しています。イランに対する制裁を常にブロックしているのが日本なんですね。自民党政権時代の親アラブ、親イラン政策の残滓なんです。利権構造と結びついている政治家もいる。また日本の外務省はアラブスクールというのがあります。日本の外務省の研修生の8割はシリアで研修しています。PLO、パレスチナへのシンパシーが異常に強いです。残り2割もエジプトです。諸外国では、いまアラビア語の研修をイスラエルでやる国も少なくありません。日本の外務省は、西側世界では異常なほどイスラエルに対して冷たいんです。それが反射してイランに対してシンパシーを持つ形になる。対イラン外交で対米自主性を発揮できることが日本外交の売りだという刷り込みがあるんです。
ところが4月13日の会談で、鳩山さんが、日本はイランへの追加制裁に合意するという約束を与えた。私はこれは鳩山総理の重要な政治決断だと見ています。外務官僚は必死になって巻き返そうとしています。ですからできるだけこの問題に焦点が当たらないようにしています。気がついているのは朝日新聞だけです。しかし朝日新聞もわずか10分間の中でアメリカの取りたいものを取られてしまった。イランについて言質を取られたという扱いなんです。