読み物特捜検察・負の歴史

▼バックナンバー 一覧 2010 年 10 月 27 日 魚住 昭

 

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 1990年代から検察は組織の権益を拡大していきます。自民党や旧大蔵省も昔日の力を失った。もはや彼らの前に立ちはだかるものは何もない。
 いわば我が世の春を謳歌するうちに国家の秩序を支える司法官僚としての自負心が驕りに変わっていきます。それを如実に示したのが、02年の「三井事件」です。
 大阪地検特捜部が、検察の裏金づくりを匿名で内部告発していた三井環・大阪高検公安部長を逮捕した一件です。発表された容疑は「電磁的公正証書原本不実記録」「詐欺」などでした。
 容疑名は仰々しく見えますが、これは三井氏がマンションを購入した際に登録免許税約47万円を免れるため、住む意思がないのに住んでいると偽って証明書を受け取ったというだけの話。不動産業界ではままあることで、微罪に過ぎません。とても検察の現職幹部を逮捕するような案件ではない。
 しかも、三井氏の逮捕は、彼が現職のまま実名で検察の裏金問題を告発しようと決意した矢先のことでした。02年4月22日の午後にテレビキャスターの鳥越俊太郎さんのインタビュー収録が予定されていた。その当日朝に逮捕されたのです。
 検察は「調査活動費」の名目で年間数億円に上る裏金をつくり出し、幹部の交際費や遊興費などに充てていた。その裏金づくりが明るみに出るのを恐れて、最高検が大阪地検特捜部に命じて三井氏を逮捕させた。まさしく「口封じ逮捕」以外の何物でもありません。
 断言してもいいですが、検察関係者は全員、この事件の構図が分かっています。「検察は何でもアリなんだ」「組織防衛のためなら何でも許されるんだ」と痛感したはずです。特に、国家の秩序を守る立派な役所だと誇りを持って仕事をしてきた人ほど深刻な葛藤を抱え込んだに違いありません。
 それでも、公然と異を唱える検事はいなかった。組織を裏切れば、三井氏と同じ目に遭うことが分かっているからです。こうして、かつての「秋霜烈日」の精神は失われ、検察全体のモラル崩壊が急激に進むことになったのです。
 前田恒彦主任検事がフロッピーディスクのデータを改竄していたことを内部告発した若手検事たちが、正義の告発者のように語られています。しかし、本当にそうなのでしょうか。私には疑問に思えます。

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