読み物黄金の国の少年たち

▼バックナンバー 一覧 2010 年 12 月 15 日 大瀬 二郎

地獄の穴



 モンゴワル村に到着後、金鉱はどこにあるのかとエマニュエルに尋ねると、「どこにでも(Everywhere)」とのぶっきらぼうな返事が返ってきた。この村の周辺はどこを掘っても金は見つかるらしい。村で唯一のホステル・レストランで目の前を流れる、幅1メートルほどの小川で、赤ん坊をおんぶした母親がフライパンで砂金を探している様子を、昼食といっしょに注文した生ぬるいビールをすすりながら眺めていた。昼食後、村から一番近い金鉱に足を運ぶ。
 
 元ベルギーの会社が所有していた精製工場の隣にその金鉱はあった。高台に立つ錆朽ちた精製所跡から金鉱を見下ろすと、赤色の火星のクレーターを思わせる穴の中を人々が蟻のようにうごめいていた。丘を下りて近づくとまず悪臭に鼻が曲がる。あちこちにできた水溜りは、赤道直下の太陽に照らされて増殖した黴菌のスープのようなものだろう。その臭いに混じっているのが、泥まみれになって働いている男達の体臭と大、小便の匂い。悪臭に耐えられず、口だけで息をしようとするが、その臭いを食べているような気がして、どう息をしたらいいものやら戸惑う。
 
 クレーターの縁から「究極の肉体労働」とでも呼ぶべき光景が、見渡す限り広がっている。数知れない肉体が無秩序に動いているようだが、呼吸を整えてよく見てみるとそこには規律があり、一人一人が作業を細かく分担しているのがわかる。その中でも一番目に止まるのが子供たちの姿だった。
 
 紛争によって生み出された戦争孤児が金鉱クレーターの中で大勢働いている。少年兵になりそこね、素手やシャベルで赤土を掘り出している戦争孤児たちは、ゴム草履を履いているのは良いほうで、ほとんど裸足だ。彼らは、掘り出された岩石や土砂を頭に載せて、クレーターの外まで一列に並んで畦道を歩いて運んで行く。一日の重労働と引き換えに、彼らは、バケツ数杯の土砂をもらうだけ。その中にわずかな金を見つけると密売業者に持ち込む。買い取り価格はもちろん最低水準。わずかばかりの稼ぎは食費と生活費に消えていく。
 
 足元を凝視するかのようにうつむき、ただひたすら重いバケツを頭に乗せて登ってくる少年たち。表情と呼ぶべきものが彼らの顔から消え去っていた。それでも無意識のうちに何とかして子供らしい笑顔を見つけようとする自分がいた。しかしどの顔にも自分が求めている表情はなく、心が鉛のように重くなる。悪臭のことはそのうち忘れてしまった。目の前に広がる光景にただ圧倒され、しばらくの間呆然と立ちつくしていた。2006年にUNHCRが発表したレポートによると、コンゴの子供たちの約40パーセントは年少労働者だという。彼らの多くは学校にもいけず、過酷な労働環境でわずかな賃金(場合にはよっては無給)で働かされている。
 
 はっと我に返るとエマニュエルのことをすっかり忘れていたことに気付いた。あわてて振り返ると彼は私のすぐ後ろに立っていた。無口な青年でこちらから質問したとき以外は何も語らない。まだ一度も彼の笑顔を見たことがなかった。コンゴでは陽気な人が多いが、彼から笑顔を奪い去るような悲惨な出来事があったのだろうかと考える。クレーター内のぬかるみをうろうろしていた私の靴とズボンは泥だらけだったが、エマニュエルは日曜の教会のミサに出かけてもいいほど小奇麗だ。舗装された道が国土の1・3パーセントというコンゴで生まれ育ち、貴重な衣類を汚さない技術を身につけている現地の人々の才能にはいつも驚かされる。
 

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