読み物黄金の国の少年たち
血の染み込んだ金
しばらく辺りを歩いてみたものの、どのような反応が返ってくるかが不安で、未だにシャッターは切れずにいた。エマニュエルがもう少し積極的に話をつけてくれれば有難いのだが、彼はただ私についてくるだけだ。すれ違う男達に、「ジャンボ・サナ!(今日は!)」とスワヒリ語で声をかけるが、ほとんど無視される。穴の縁では運ばれてきた土砂を西部劇映画で見たことのある滑り台のような板に水と一緒に流して砂金を探している。そこにできるのがあの臭い泥沼だ。落ちないように用心深く端を歩くが、足を滑らせてズルッとこの悪臭スープにはまってしまった。カメラは何とか守ることができたが下半身は完全に泥だらけになる。「なんてこった!」と悪臭に顔をしかめていると、周囲で「ワ!ハ!ハ!」という笑い声が湧く。「ドンくさいムズング(スワヒリ語で白人、または外国人)だ」と期せずして大ウケをしてしまった。ずっこけのジョークは世界に通ずるものらしい。
その後、少し緊張感が和らぎぽろぽろと会話が始まる。「お前は中国人か?」「いや。日本人だ」「こんなとこに何をしにきたんだ?」「私はジャーナリストだ。コンゴの取材にきた」「ふーん。じゃ俺の写真を撮れ」「パシャ」もう一枚。「パシャ」。少しずつ調子に乗ってきた感じだ。たまにお金を要求する人や腹を立てる人もいるが、周りの人になだめられておさまる。「金を見たいか?」と、ポケットからチューインガムの銀紙に包んだ砂金を取り出して見せてくれる人がいた。それはほんのわずかで、くしゃみでもすれば飛んで消えてしまいそうな微かな量のもの。このペースじゃ金持ちにはなれないだろうなと内心苦笑する。泥まみれになって金鉱を歩き回って写真を撮り、話を聞いていると、時間の経つのも悪臭のことも完全に忘れてしまい、気がつくと太陽が地平線に迫っていた。赤土が夕日に 照らされてさらに赤みを増している。それを見ていると今まで金の争いで流された人々の血液が土にしみこんで、赤みを増しているような気がした。モングワル村から掘り出された「Blood Gold(血で染まった黄金=紛争黄金)」は、多くの人の手を渡り世界各国から集められた金と一緒に溶かされ、私達の手元に入ってくる。
シャッターを切る私に12歳ぐらいの少年が話しかけてきた。「あなたの両親は元気か?」と、少年はまるで大人のような質問をする。「私の両親は、日本で元気に暮らしている。君の両親は村にいるのか?」と私が訊き返すと、「私の親は、2人とも戦争中に殺された」無表情にぽつりと言うと、泥で一杯のバケツをまた頭に乗せて丘陵を黙々と登っていった。