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▼バックナンバー 一覧 2010 年 10 月 27 日 松林 要樹

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 二〇一〇年六月、八丈島で再び住民説明会が行われた。私はその取材のため八丈島を訪れた。これで5回目の訪問である。
 梅雨の八丈島は湿気がすさまじい。島全体がガスに覆われていて、霧の中の幻想世界を歩いているような感じになる。部屋の中は畳が湿気でべたついている。
湿度計がないか探したが、滞在中ついに見なかった。ただ、気温もあまり上がらなくて、空気自体が澄んでいるから、よく思えば天然の森林浴を家の中で楽しめる。そんな負け惜しみを言ってみても、べたつく不快感がなくなるわけではない。
 事前に、工事説明会の様子を撮影することを一部事務組合に申し込んだところ、「会場内の撮影は禁止する。工事説明会が外に開かれていないという印象を与えたくないので録音のみは許可する。どうしても撮影が必要ならば、事前に撮りたい人物を中に入れ、その方を撮ってほしい。会場の外から撮るのは構わない」
と言われた。私は「事前に撮影する人を選ぶようにとおっしゃるのは、ドキュメント撮影の演技指導まで行政が行うのですか」と食い下がったが、会場内の撮影禁止は解けなかった。私はやむを得ず、外から会場の中をまるで盗撮するように撮影した。 
 

工事説明会一日目 末吉公民館にて

 六月一七日、末吉公民館で説明会が行われた。外はひどい雨が降っていた。説明会は住民が納得のいくものではなかった。説明する町や施工主や業者に対して住民が質問しているのだが、両者の溝はほとんど埋まらない。一部事務組合は具体的な質問に対して、ほとんど「良く調べてからのちほど回答します」と答えるだけだった。その回答は、七月の八丈町広報の折り込みチラシで出されたが、住民が最も心配している土壌や水の汚染に対する懸念については、ほとんど記述されていなかった。
 説明会に戻る。現場工事にあたる業者による説明が行われている間、この工事の施工管理者であるパッシフィックコンサルタンツの社員二人のうち一人が、会場で居眠りをしていた。
 「居眠りしている人は退場してください!」 たまりかねた住民が声を上げた。会場は一瞬シーンと静まり返った。ところが居眠りから覚めたパ社の社員が気を取り直したかのように会場を見渡すと、説明会は再び続けられた。それは工事施工会社の社員が、万が一にも事故が起きないようにと懸命に説明している最中のことだった。この工事にたいする施工管理者と工事業者との意識の違いが明確になった瞬間だった。
 一部事務組合が住民に配った資料について「提示された資料に、焼却灰を埋めるところの直下型ボーリング調査のデータがない。法的基準を満たすように、ぜひボーリング調査をやってほしい」と住民が質問したところ、一部事務組合は「ちょっとずれたところでやっている。今後、直下型のボーリング調査工事をしながらおこなっていく」と答えた。
 その後、長田が法律の専門家「たたかう住民とともにゴミ問題の解決をめざす弁護士の連絡会」(ゴミ弁連)の坂本博之弁護士にこの経緯を説明したところ、基礎地盤の強度の調査がされていないことは、廃掃法八条に違法していることがわかった。 
 

工事説明会二日目 大賀郷公民館にて

 翌日、大賀郷公民館で開かれた説明会で、長田がその矛盾点を一部事務組合に問いただしたところ、「直下型ボーリング調査はしました」との回答が返ってきた。前日とは答の内容が違っている。一部事務組合がこの日言った「直下型ボーリング調査」というのは、基礎地盤の強度の調査ではなく、一三・五メートルの地下水面を確かめたごく浅いボーリング調査のことだった。
 これまでの経緯をみると、住民が望んでいるのはただ一つ、きちんと水源に対する影響調査を行って、その結果を知らせてほしいということだけだ。四九五〇〇立方メートルという規模の処分場の建設は、日本の法律の前では、環境アセスをしなくても良い。しかし、日常生活に使う水の水源が脅かされる住民からしてみれば、きちんとした事前調査をどうしてもしてほしい。そういう当然の話を受け入れられない人たちとの争いなのだ。
 

【八 丈 島】
 伊豆七島にあり行政区分は、東京都八丈町。東山(別名:三原山・標高七〇一メートル)と西山(別名:八丈富士・標高八五四メートル)の二つの火山が接合したヒョウタンの形をした島で、面積六九・五二平方メートル。海岸線も五八キロメートル程度なので、車で二時間ほどあれば一周できる。
 八丈富士はしばしば噴火を繰り返して出来た比較的新しい山であるため、地表はほとんど溶岩に覆われていて、保水性に乏しく耕作も出来にくい。そのため人々は、三原山系の水を頼りに古くから集落を形成してきた。その北西部にある集落が、大賀郷と三根、南東部にある集落が末吉、中之郷、樫立である。八丈島では前者を坂下、後者を坂上と呼んでいる。
 処分場が出来るのは、後者の末吉地区で、古くから人々の営みが行われてきた地区である。現在では坂下のほうが人口の密度が高い。いわば「島の発展」から取り残された古い地区が、末吉地区である。
 黒潮の影響を受けた海洋性気候で、年平均気温は一八度程度、高温多湿である。年間を通じて風が強く、東京都の二倍以上の雨が降り、全国で年間降水量四位である。
 島の産業は、豊富な水を利用したクサヤ作り、島焼酎造りなどが有名。水が恩恵をもたらしているのは、飲食に関する産業だけではない。島の特産物に黄八丈がある。江戸時代からすでに八丈島特産品としてのブランドを築いていた黄八丈だが、その微妙な色合いを出すのに、水質が決め手となる。

(編集者注・これは国際労働総研「われらのインター」vol.37に掲載されたレポートの再録です)

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