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▼バックナンバー 一覧 2010 年 10 月 27 日 松林 要樹

●署名運動に発展したが…

二〇〇八年八月末、長田のもとに島の若者が訪ねてきた。処分場凍結を求める署名運動をやるから一緒にやらないかと誘いに来たのだ。これをきっかけに長田は処分場問題の運動に入っていった。
 長田に対して島の若者には「何かをやってくれる人」だという思いがある。長田は島おこしの中心人物の一人であり、実績があった。二〇〇三年、離島である八丈島にソフトバンク社の孫正義社長を呼び、「NTTがやらないなら、我々がやる」と、日本で初めて離島にADSL(ヤフーBB)が整備されるきっかけをつくったのだ。その動きに長田は一役買っていた。そんなことがあって島の若者から支持されていた。
 長田は商工会に出入りしていた時期、この件を含め町とタイアップした事業を多く手がけてきた。その関係があったため、処分場反対運動に足を踏み入れることには躊躇があった。しかし、今回の場合は何かが違うと思い、署名運動をやると約束した。
 その翌日、長田らは八丈島の浅沼道徳町長から呼び出された。島では情報が筒抜けなので、誰がどういう動きをしているかはすぐ伝わる。島の若手で活動的な長田がどの立場に回るのか、浅沼町長も気になっていたのだろう。
 浅沼町長は町長室で「九月中旬に行う一部事務組合による住民説明会で納得がいかないなら、署名運動をやればいいじゃないか」と長田を諭した。住民説明会での意見を聞かずに署名運動をやるのはどうかと長田は考え直した。長田はその場では態度を保留したが、町長に呼ばれたほかの若者によって説明会の後に署名運動をやることが決まった。
 町は処分場問題に揺れ始めた。
 わずか八四〇〇人の島の共同体のなかで、行政にタテをつく反対運動はこれまでタブーだった。署名運動などやることは、客を相手にする商売人であれば得意先をいくつも失うことを覚悟しなければならない。島民の中で、気持は処分場反対でも、面と向かって反対を言える人は少ない。後で見る町長選挙の結果をみると、反対ではあっても正面から何も言えない人が大多数ではないかと思われる。島で生まれ育った人の中で、処分場に表立って反対しているのは、長田など少数の人だった。現に長田の売り上げは、この運動をはじめて以来半減してしまった。
 実はこの事業を推進している八丈町の現職の浅沼道徳町長も、はじめはこの水海山に処分場をつくることに反対だったという。しかし、限られた予算と期間の中でということで、この場所に決まってしまった。反対派が善で行政が悪者であるという単純な二元論でこの処分場問題を割り切ることはできない。現に八丈町の役場で働いている人の中にも、自然豊かな八丈島を汚していいのかという思いがありながら、この水海山に処分場を決め、工事を進めている人もいると聞いたことがある。

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