読み物サブサハラの春はまだ

▼バックナンバー 一覧 2012 年 2 月 15 日 大瀬 二郎

コンゴでは中途半端に雨は降らない

空に雨雲が広がり始めると、突然バケツで水をぶっかけるように、あめ玉サイズの雨滴が落ちてくる。下水施設のないキンシャサは、瞬時に洪水になり、舗装されていないでこぼこ道はあっという間に沼地のようになる。このため、コンゴで雨が降ると全てがストップする。武装衝突やデモも例外ではなく、早めに始まった雨季は、ベンバとカビラの軍勢への〝冷却〟効果があり、衝突の可能性が低くなったと歓迎されていた。だが大統領決選投票日に降る大雨は、カラフルな傘を掲げた投票者の流れを止めることはできなかった。投票所の開場は遅れはするが、他に大きな問題は起こらず、日が暮れて雨が止んだ頃に開票が始まる。前回に比べて投票用紙は数十分の一の大きさ、ベンバとカビラの顔写真と名前だけが印刷された葉書サイズのものだ。海外から訪れていたオブザーバーは、多少の問題は起こったが、決選投票も成功したと発表する。開票が行なわれている間に、アメリカの女性誌からの取材依頼でウガンダを訪れていた。その仕事を終え、キンシャサに帰る前日、ウガンダの首都カンパラにある、ビクトリア湖の絶景を見下ろす知人の家のテラスで、キンシャサにいるカメラマンのライオネルに電話した。回線がつながると「パーン! パッパッパッパ!」と機関銃の音が聞こえてくる。

「今ちょっと取り込み中だ。ベンバとカビラの兵士たちが、またやり始めた」

少し荒い息でライオネルが電話に答える。銃撃戦が始まり、あわてて近くのビルに駆け込んだそうだ。大丈夫かと聞くと、音がうるさいだけで、そのうち収まるだろうとのこと。翌日キンシャサに戻ると、戦闘は一時的に収まり、ベンバの護衛兵は私邸内に立て篭り、カビラの大統領護衛兵は、向かいにある墓地に待機し、睨み合いを続けていた。この2週間後の11月15日、緊迫した空気が張り詰めた中、独立選挙委員会が最終結果を発表する。カビラ58%、ベンバ43・5%。カビラの勝利が確定する。その夜、キンシャサは気味が悪いほど物静かだった。住民は騒動を恐れて家に立てこもり、店舗はシャッターを下ろしていた。見当たるのはPKOのパトロールだけ。人っ子一人いない。

「我が国に隅々まで平和が行きわたらなければならない。民主主義に長寿を! コンゴに長寿を! 今夜、私は、あなたたち市民に、お互い団結し、同胞愛と寛容さを分かちあうことを祈る」

その夜、カビラは生中継で、勝利の喜びをおくびにも出さず、無表情に民衆に呼びかけた。海外からのジャーナリストの多くが滞在していたグランドホテルの前で、カビラ支持者100人ほどが、カビラのポスターと国旗を振りかざし、行ったり来たりしている。国際メディア向けのパフォーマンスだ。その夜、グランドホテルに泊まっていたCNNの特派員は、録画したその光景を流しながら、「キンシャサ市民は、カビラの当選を大いに祝福している」と報道した。事実を伝えていないでたらめなレポートに首を捻らずにはいられなかった。

案の定ベンバは、「残念ながら、選挙の真実を反映していないこの結果を私は受け入れるわけにはいかない。人々の意思を尊重するために、法的な手段を使って選挙結果に異議を申し立てる」と発表し、翌日最高裁判所に不服の申し立てをした。決してすんなりとは物事が収まらないのがコンゴ。数日後、ベンバの申し立てを審査中の最高裁で不審火が出た。原因を突き止められないまま、数日後、ベンバ支持者がデモを行ない、最高裁に突入しようとした。銃声が響く混乱状態に陥り、平和維持軍が、裁判官と独立選挙委員会のメンバーを救出することになった。その数週間後、最高裁は予想通り、ベンバの申し立てを却下、カビラの勝利を承認することになる。ようやくベンバは敗北を認め、上院議員として野党を率いることによって、カビラへの挑戦を続けることを発表した。しかし、2008年5月、ベルギーを訪問中に逮捕され、コンゴの隣国の中央アフリカ共和国での人道に対する罪の容疑でICC(国際刑事裁判所)よって起訴されることとなった。

固定ページ: 1 2 3 4 5 6 7