わき道をゆく
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- 第220回 現代語訳・保古飛呂比 その㊹
一 (文久三年)四月五日、初夜(現在の午後八時から九時ごろ)ごろ、(義弟の)本山誠作殿から使いが来て、こう言った。「(誠作の長男の)貫之助が先ほど、小高坂村西町に住む徒士(=かち。土佐藩の下士身分。郷士の下で、足軽の上に […]
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- 第219回 現代語訳・保古飛呂比 その㊸
[参考] 一 (文久三年二月)二十三日、藩において左の通り。 京都の情勢はますます入り組み、かつ外国勢力の動向(夷情)も計りがたいので、(藩としての対応を)考慮中である。なおまた、今後勝手な振る舞いをせず、藩の指示通り進 […]
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- 第218回 現代語訳・保古飛呂比 その㊷
保古飛呂比 巻十 文久三年 文久三年癸亥 (佐佐木高行) 三十四歳 正月 一 この月元日、太守さまが(京都滞在中で)お留守のため、(高知城)三ノ丸に罷り出て、御祝詞帳(祝詞を述べに来た家臣の名前を記す帳面)に姓名を記し、 […]












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