わき道をゆく

2024.2.27.
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第230回 現代語訳・保古飛呂比 その54

一 五月三十日、次の通り。 佐々木三四郞 右の者は我らの組に入り、「御自分支配」(?)の坐列は東野楠猪の次へ[中略か] 右の通り云々。 元治元年五月三十日 柴田備後 加用記内殿 別紙の通り云々。 元治元年五月三十日 加用 […]

2024.2.12.
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第229回 現代語訳・保古飛呂比 その53

一 (文久四年)二月二十三日、次の通り。 今年正月二日、病死しました。 馬廻り 佐々木三六 御蔵米知行百二十石 うち五十石が御役領[郡奉行・普請奉行そのほか付属の場所を仰せつけられる] 総領 佐々木三四郎 三四郎惣領 同 […]

2024.1.26.
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第228回 現代語訳・保古飛呂比 その52

  (文久四年)二月 一 この月二日、太守さまのお供で香我美郡手結浦まで行き、それより引き返して、赤岡浦に宿泊、同三日、赤岡浦より前濱等、十市・仁井田・種崎浦等の海浜を巡覧、浦戸浦で宿泊、同四日、長濱・諸木村の海浜を通っ […]

2024.1.12.
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第227回 現代語訳・保古飛呂比 その51

保古飛呂比 巻十一 元治元年正月より同年七月まで 元治元年甲子[文久四年三月朔日に改元] 高行三十五歳 正月 一 この月二日、養父の三六高下さまがご病死。 実は昨年の大みそかの夕刻に脳卒中の発作を起こされた。自分は越前町 […]

2023.12.29.
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第226回 現代語訳・保古飛呂比 その㊿

附録 多少重複するところはあるが、参考のため、小原輿一郎(注①)の筆記の抜き書きを次に掲げる。 文久三年正月二日、 一昨日の(文久二年十二月)二十九日に無刻(最速の意)飛脚が到着したとのこと。これは極月(十二月)二十一日 […]