読み物砂漠に広がる白い町

▼バックナンバー 一覧 2012 年 3 月 14 日 大瀬 二郎

 九、ソマリアの未来

  話をエチオピアの難民キャンプにもどそう。取材をほぼ終えてキャンプを発つ前日、看護師さんが疲れきった顔に微笑みを浮かべ、昨日赤ちゃんが生まれたので取材してみませんかと言ってきた。コウベ・キャンプが満杯になったため、一週間前に開設されたばかりのハロウィンと呼ばれるキャンプで、初めて生まれた子供になるそうだ。数日間、飢餓の取材で惨状の海で溺れているような心境だった自分にとって、投げ込まれたライフセーバー(浮き袋)のように思え、躊躇せずに飛びついた。グッド・ニュースを知らせてくれた看護師さんも自分と同じような心境だったのだろうと思う。

 オランダから休暇を使ってキャンプを訪問していたローズさんが、昨日生まれたばかりのウベイド君の容体をチェックしながら、「目方の少ない赤ちゃんだったのでよかった」と語る。彼女が言ったことの意味がわからずに、ちょっと戸惑った表情を隠せなかったのだろう、ソマリアの女性の多くは女性割礼(じょせいかつれい:風習として未だに行われている性器切除・陰部封鎖)を受け、正常体重の新生児の出産は危険なのだと、質問する前にローズさんが説明し、なるほど、そうだったのかと頷く。

 キャンプで出会った難民の人たちの全てが「ソマリアにはもう戻らない」と口をそろえて語った。ウベイド君もこのキャンプで育ち、大人になるのだろうと考えると、無事お産を終えた母親だけが有する、疲れきってはいるが、歓喜が溢れるファトゥマさんの素顔を、複雑な気持ちで見守りながら考える。

「ソマリアに未来は無いのだろうか?」

「干ばつが起こる度に人々は命を失い、命がけの国外逃亡は今後も続くのだろうか?」

 昨年の8月、ソマリアの人たちを苦しめてきたアル・シャバブが多くの地域から一斉に退去しはじめ、隣国ケニアやエチオピア軍が国境を超え進軍、TFGにまたとないチャンスが与えられた。これは、飢饉によって、アル・シャバブに対する人々からのサポートが薄れ、内部での対立が激化し、組織が分裂しはじめたからだ。だが、暫定連合政府は、アル・シャバブ以上に脆弱で汚職に満ち、つねに反目しあい、組織の体をなしていない。そのために、このチャンスを生かし、首都モガディシュから国全域に足場を広げ、分裂した国を統合することはできずにいた。アル・シャバブが撤退した地域をめぐって、氏族・軍閥・他のイスラム過激派グループ間による争奪戦が始まった。これは、アメリカを筆頭に今まで巨費を投じて、かたくなにTFGを援助してきた国々が恐れていたシナリオだった。アル・シャバブ、そしてTFGがさらに分裂し、細かく分散したグループによる主導権争いが激化する可能性は高い。

 ICG(International Crisis Group:国際危機グループ)、政治的アナリストの集団、国際非政府組織は、「国際社会は、モガディシュを本拠にした、ヨーロッパ・スタイルの中央集権の再建の試みは失敗することがほぼ確実であるということが教訓になっていない。ソマリア独立以降、一つの氏族、もしくは氏族の連合は、資源を自らが支配し、他のグループを拒否してきた。そのため、暫定政府が設立される度に、ソマリア人は当然ながら用心深く、特定のグループがそれを悪用することを懸念し、暫定政府への指示は限られるか、もしくは黙認してきた。このため論理的に考えると、(TFGに変わるべき)手段は、地方分権化した統治システムだ」と昨年に発表したレポートで述べている。

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