わき道をゆく

2024.6.4.
わき道をゆく
第237回 現代語訳・保古飛呂比 その61

一 (元治元年十一月の)この月、御仕置衆より次の通り[日にちが明らかではないが、このころと思われるのでここに収める] 別紙 御自筆(※この場合、容堂の自筆という意味か。豊範は大坂滞在中)の文書の写しと、御奉行衆の添え書き […]

2024.5.7.
わき道をゆく
第235回 現代語訳・保古飛呂比 その59

一 (元治元年)九月六日、銀一匁につき銅銭二十文、鉄銭八十文になった。これは、先ごろ値上げを申し出たが採用されなかったため、時勢やむをえず今日に至り値上げしたものである。いわゆる一寸先は闇の面々が要路を占めているのは恐る […]

2024.3.26.
わき道をゆく
第232回 現代語訳・保古飛呂比 その56

[参考] 一 (元治元年)七月二十二日、京都より飛脚が着いたので、戦争(禁門の変)後の状況を確かめたところ、十九日「八ツ時前」(午前二時ごろか午後二時ごろ?)戦が終わり、長州人が引き取った後も砲声が聞こえた。同二十日に至 […]

2024.3.12.
わき道をゆく
第231回 現代語訳・保古飛呂比 その55

一 (元治元年)六月二十六日、我が藩にて次の通り。 口上覚え 昨今の切迫した時勢は、有限の財力をもって無窮のつとめに応じなければならず、まことに難渋の至りである。このため(太守さまの)身のまわりをはじめ諸事の厳格な節約を […]

2024.1.12.
わき道をゆく
第227回 現代語訳・保古飛呂比 その51

保古飛呂比 巻十一 元治元年正月より同年七月まで 元治元年甲子[文久四年三月朔日に改元] 高行三十五歳 正月 一 この月二日、養父の三六高下さまがご病死。 実は昨年の大みそかの夕刻に脳卒中の発作を起こされた。自分は越前町 […]