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2022.6.2.
わき道をゆく
第187回 現代語訳・保古飛呂比 その⑪

嘉永六年八月 一 日本よりアメリカへの返事の手紙になぞらえて、ある人が書いた文章は次の通り。 前文、 この夏、「アメリカ」船が浦賀へ渡来した折、渡された書翰(米大統領親書)を和訳して、諸大名や、その他の主な幕臣たちに(こ […]

2022.5.17.
わき道をゆく
第186回 現代語訳・保古飛呂比 その⑩

嘉永六年六月 [参考] 一 同二十日、百々礼三郎以下が江戸詰めを命じられた。 岡崎水筆(前出の岡崎菊右衛門と同一人物で、水筆は雅号と思われる)は次のように記している。 何年か前に来た異国船は一艘につき八百人乗りの舟だった […]

2022.5.2.
わき道をゆく
第185回 現代語訳・保古飛呂比 その⑨

嘉永五年(西暦1852年)十二月 一 この月、美濃部団四郎先生(剣術流派・直眞影流の師範)より霊剣伝を授けられた。 ○霊剣伝(注①) 【注①この霊剣伝は直眞影流の奥義書と思われるが、内容が難しいうえ、仮名なしの漢文体で書 […]

2022.4.18.
わき道をゆく
第184回 現代語訳・保古飛呂比 その⑧

嘉永四年八月 一 この月朔日、毎月恒例の拝謁のため登城。 一 同五日、鹿次郎さま(後の第十六代藩主・豊範公)をこれから若殿さまとお呼びすることと、若殿さまのお付き役として六人の者を命じた旨のお触れあり。 若殿さまは少将・ […]

2022.4.5.
わき道をゆく
第183回 現代語訳・保古飛呂比 その⑦

嘉永三年(1850年)五月 一 この月朔日、毎月恒例の拝謁のため登城。 一 同五日、端午の節句のご祝詞を申し上げるため登城。 一 同七日、太守さまが剣術の演武をご覧になるというので出勤、 ただし今回の演武者は太守さまから […]