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2016.12.9.
わき道をゆく
第106回 成し遂げられなかった変革
 幸徳秋水は大逆事件で処刑される3日前の1911(明治44)年1月21日、市ヶ谷の東京監獄から北京滞在中の石川半山あてに手紙を書いている。 半山は秋水と同じ故・中江兆民の門下生だった。しかも、前回ふれたように、田中正造の […]
2016.11.11.
わき道をゆく
第105回 直訴状が生まれるまで
  西幸門前交差点は日比谷公園の角の大きな十字路だ。その近辺で115年前、田中正造(1841~1913年)の天皇直訴事件があったのをご存じだろうか。 1901(明治34)年12月10日のことである。明治天皇臨席のもと第1 […]
2016.10.21.
わき道をゆく
第104回 思いが残り、伝わるということ
 柳田国男の古典的名著『遠野物語』には、明治29(1896)年6月の三陸大津波にまつわる話が書き留められている。 ―岩手県の盆地・遠野から田の浜という海辺の村に婿入りした男がいた。名を福二という。 福二は、田の浜に押し寄 […]
2016.10.7.
わき道をゆく
第103回 文字通り、鳥の眼で見る
 西荻の、わが家の庭には桜の老木がある。そこには毎日、いろんな野鳥がやってくる。 いちばん多いのがヒヨドリだ。全身暗褐色で、ピーヨピーヨとうるさく鳴く。次に多いのがキジバトとシジュウカラ。翼と尾が青いオナガもたまにくる。 […]
2016.9.23.
わき道をゆく
第102回 鷗外、求むれども得ず
 森鷗外は、息を引き取る3日前の大正11(1922)年7月6日、盟友の賀古鶴所に奇妙な遺言を書き取らせている。「死ハ一切ヲ打チ切ル重大事件ナリ奈何ナル官憲威力ト雖此ニ反抗スル事ヲ得スト信ス余ハ石見人森林太郎トシテ死セント […]
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